福岡県北九州市小倉北区のお客様 K18 パールアクセサリーまとめ 買取致しました!
当店ホームページをご覧いただきありがとうございます。
おたからや小倉中津口店斉藤です。
今回は、北九州市小倉北区のお客様より、K18 パールアクセサリーまとめてお買取りさせていただき有難うございました。
パール(真珠)は、鉱物とは異なり生きている貝の体内から生まれるため、研磨の技術が未発達だった古代からそのままの姿で美しい「人類最古の宝石」として世界中で珍重されてきました。その歴史は数千年に及び、王権の象徴から現代のファッションへと劇的な進化を遂げています。
古代天然真珠の時代は、養殖が始まる前まで、真珠は偶然の積み重ねでしか手に入らない極めて希少なものでした。
エジプト・ローマ時代は、紀元前3200年頃には既に知られており、女王クレオパトラが自身の富を誇示するために、真珠を酢に溶かして飲んだという有名な逸話があります。
紀元前4世紀、アレクサンダー大王の東方遠征によって中東や紅海の真珠が西洋へと広くもたらされました。
中国では、紀元前2200年代の古典にすでに貢ぎ物として記録が残されています。
日本では、福井県の鳥浜貝塚から約5500年前の縄文時代の真珠(トリハマ・パール)が出土しています。
『魏志倭人伝』には、女王・卑弥呼の宗女である「台与(とよ)」が中国(魏)へ真珠を贈った記録が残されています。
中世から大航海時代にかけて、真珠の需要はさらに高まりました。
中世ヨーロッパでは、母貝の中で守られて育つ真珠に呪術的な力が宿ると信じられ、魔除けや戦いのお守りとして騎士たちが身に着けていました。
コロンブスが中南米海域で真珠の産地を発見すると、ヨーロッパの王侯貴族の間で大流行しました。
しかし、100年も経たないうちに乱獲によって天然の真珠貝は激減し、産地は急速に衰退しました。
20世紀初頭、それまでの「特権階級だけの天然真珠」の歴史を、日本の技術が180度変えることになります。
1893年(明治26年)、「MIKIMOTO」の創業者・御木本幸吉が三重県の英虞湾にて、世界で初めて半円真珠の養殖に成功しました。
1905年には丸い「真円真珠」の生産にも成功し、日本の養殖技術は世界を驚かせました。
現在では、白く美しいアコヤ真珠だけでなく、タヒチ産の黒蝶真珠(黒真珠)やオーストラリアなどの白蝶真珠など、多彩なパールが世界中で愛されています。
当店もブランド品はもちろん、時計・アクセサリー・貴金属・商品券・切手・古銭・古美術品・家電など多種多様に買取りを行っておりますので、お気軽にお立ち寄りください。
スタッフ一同心より皆様のご来店お待ちいたしております。
