福岡県北九州市小倉北区のお客様 Pt900 パールリング 買取致しました!
‘当店ホームページをご覧いただきありがとうございます。
おたからや小倉中津口店の斎藤です。
今回は、北九州市小倉北区のお客様より、 Pt900 パールリングをお買取りさせていただきありがとうございました。
PT900(プラチナ90%)の歴史は、融点の高さゆえに加工が難しかったプラチナを、ジュエリーとして実用化するための試行錯誤の歴史です。
日本の結婚指輪や高級ジュエリーで長年定番の素材として愛され続けています。
19世紀末〜20世紀初頭、プラチナは約1,768℃という非常に高い融点を持つため、長らく装飾品への加工は不可能とされていました。
1900年頃、ドイツの科学者ヴィルヘルムによって新たな溶融方法が開発されました。
この技術を用いて、宝飾ブランド「カルティエ」がいち早くプラチナジュエリーを制作し、ヨーロッパの王族たちを魅了しました。
純度100%のプラチナ(Pt1000)は非常に柔らかく、傷ついたり変形したりしやすいため、ジュエリーとしての強度を保つためにパラジウムなどの割り金を90%・10%の割合で混ぜる技術が確立されました。これがPt900の誕生です。
日本には明治から大正にかけて本格的に導入されました。
1960年代頃までに作られた日本のプラチナジュエリーには、現在の「Pt」ではなく「Pm」や「PM」(Platinumの略)と刻印されていました。
当時は「Pm900」と数字が入っていても、現代ほど精緻な分析技術や厳格な規定がなかったため、実際のプラチナ含有量が90%に満たない製品も一部に混在していました。
1960年頃、人工放射性元素の「プロメチウム(元素記号: Pm)」が発見・流通し始めたことによる混同を避けるため、プラチナの公式な元素記号である「Pt」への切り替えが段階的に進みました。
日本の造幣局による貴金属品位証明(日本の国旗とひし形の中に「900」が入ったホールマーク)の厳格化に伴い、「Pt900」は絶対的な信頼を得るようになりました。
清廉潔白な白い輝きが「純白の花嫁」のイメージと重なり、日本の結婚指輪・婚約指輪の約8〜9割がPt900で製造される黄金期を迎えました。
海外ブランドがゴールドを主流とする中、日本独自のプラチナ文化を支えたのがこのPt900です。
当店もブランド品はもちろん、時計・アクセサリー・貴金属・商品券・切手・古銭・古美術品・家電など多種多様に買取を行っておりますので、お出かけの際にはお気軽にお立ち寄りください。
スタッフ一同皆様のご来店をお待ちしております。
