福岡県北九州市小倉北区のお客様 Pt850地金ネックレス 買取致しました!
当店ホームページをご覧いただきありがとうございます。
おたからや小倉中津口店の斎藤です。
今回は、北九州市小倉北区のお客様より、 Pt850地金ネックレスをお買取りさせていただきありがとうございました。
Pt850(プラチナ850)の歴史は、日本独自の高度なプラチナ加工技術の進化と、ジュエリー市場の実用的なニーズが結びついて生まれた歴史です。
プラチナを85%含み、残り15%にパラジウムやルテニウムなどの割金を加えた「Pt850」 は、現在でこそ日本のジュエリーにおける公式プラチナの最低ライン(国際標準・日本ジュエリー協会基準)として広く定着しています。
しかし、その誕生と普及には日本固有の技術的背景が深く関わっています。
プラチナそのもののジュエリーの歴史は、1900年頃にドイツで溶融方法が開発され、カルティエなどの高級メゾンが本格的に使用し始めたことから幕を開けます。
日本へは19世紀後半(江戸末期〜明治)に渡来しました。
大正時代にかけて結婚指輪の文化が定着するにつれ、日本では伝統的な彫金技術をベースに、独自のプラチナ加工技術が急速に進化していきました。
本来、純度100%に近いプラチナは非常に柔らかく、そのままでは傷つきやすく変形しやすいという弱点を持っています。
そこで日本では、「日常使いに耐えうる強度」と「美しい白い輝き」を両立させるための独自の合金比率が研究されました。
そこで日本では、「日常使いに耐えうる強度」と「美しい白い輝き」を両立させるための独自の合金比率が研究されました。
1929年(昭和4年)には、大蔵省造幣局が「貴金属製品品位証明規則」を制定し、国が貴金属の純度を証明するホールマーク制度が始まります。
指輪には主にPt900(純度90%)が好まれましたが、さらに細く、ちぎれやすい「ネックレスチェーン」や「ブレスレット」といった高強度が求められるアイテムのために、割金を15%に増やして硬度を最大級に高めたPt850が開発・多用されるようになりました。
昭和後期から1980年代のバブル経済期にかけて、日本ではプラチナの資産価値と高い加工技術が融合した「喜平(きへい)ネックレス」やチェーンジュエリーが爆発的なブームを巻き起こします。
この際、最も頑丈で加工がしやすく、日常的に身につけられる実用的なプラチナ素材として「Pt850」は不動の地位を確立しました。
この際、最も頑丈で加工がしやすく、日常的に身につけられる実用的なプラチナ素材として「Pt850」は不動の地位を確立しました。
当店もブランド品はもちろん、時計・アクセサリー・貴金属・商品券・切手・古銭・古美術品・家電など多種多様に買取を行っておりますので、お気軽にお立ち寄りください。
スタッフ一同皆様のご来店をお待ちしております。
