福岡県北九州市小倉北区のお客様 K18 パールネックレス 買取致しました!
当店ホームページをご覧いただきありがとうございます。
おたからや小倉中津口店の斎藤です。
今回は、北九州市小倉北区のお客様より、 K18 パールネックレスをお買取りさせていただきありがとうございました。
パールの歴史は、数千年前の古代から続く「天然真珠の時代」と、19世紀末に日本が切り開いた「養殖真珠の時代」の2つに大きく分かれます。
偶然の産物として王侯貴族に独占されていた希少な宝飾品が、日本の技術革新によって世界の多くの人々が楽しめるものへと進化していきました。
古代・中世・富と権力の象徴(天然真珠の時代)は、20世紀初頭まで、パールは貝の中に偶然入り込んだ異物から生まれる「天然真珠」しか存在しなかったため、ダイヤモンドを凌ぐ最高級の宝石でした。
紀元前2300年頃の中国や紀元前3200年頃のエジプトですでに知られていました。
古代エジプトの女王クレオパトラが富を誇示するために真珠を酢に溶かして飲んだという逸話や、アレクサンダー大王の東方遠征によって西洋へ広く普及した歴史があります。
日本の記録は、古くから「海人(あま)」によるアコヤ貝の天然真珠採取が行われていました。
『魏志倭人伝』には邪馬台国の女王・卑弥呼(あるいは台与)が中国へ真珠を贈ったことが記されており、奈良時代の正倉院の宝物にも美しい真珠装飾が残されています。
明治時代〜は、天然真珠の乱獲により一時は絶滅の危機に瀕したアコヤ貝ですが、19世紀末の日本で歴史的な大転換を迎えます。
1893年に、「MIKIMOTO」の創業者である御木本幸吉が、三重県の鳥羽(現在のミキモト真珠島)にて世界で初めて半円真珠の養殖に成功しました。
1905年には、その後、さらに技術を発展させ、天然真珠と見分けがつかない美しい「真円(丸い)真珠」の養殖に成功しました。
この日本の養殖技術の確立により、それまで王侯貴族のものだったパールが世界の女性たちのものへと普及し、日本は「真珠王国」として外貨を獲得する重要な輸出品へと成長しました。
当店もブランド品はもちろん、時計・アクセサリー・貴金属・商品券・切手・古銭・古美術品・家電など多種多様に買取を行っておりますので、お気軽にお立ち寄りください。
スタッフ一同皆様のご来店をお待ちしております。
