福岡県北九州市小倉北区のお客様 Pt900 メレダイヤ付きパールリングおまとめ 買取致しました!
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1893年、ミキモトの創業者である御木本幸吉が、鳥羽の相島(現:ミキモト真珠島)で世界で初めて半球真珠の養殖に成功しました。 その後、見瀬辰平や西川藤吉らの研究成果も加わり、20世紀初頭には完璧な球体である「真円真珠」の技術が確立されました。
それまで特権階級だけのものだったパールが、日本発の養殖技術によって量産可能となり、世界中の女性が身につけられる宝石へと民主化されました。 現代のパールは、日本が誇るアコヤ真珠だけでなく、世界中の水域で様々な種類が育まれています。
真珠は「美しい海や水環境」がなければ決して育ちません。 そのため現代のパール産業は、SDGs(持続可能な開発目標)や海洋環境の保護と深く結びつきながら発展を続けています。
当店もブランド品はもちろん、時計・貴金属・アクセサリー・商品券・切手・古銭・古美術品・家電など多種多様にお買取を致しておりますので、お気軽にお立ち寄りください。 スタッフ一同心より皆様のご来店をお待ちいたしております。
おたからや小倉中津口店斉藤です。
今回は、北九州市小倉北区のお客様より、 Pt900 メレダイヤ付きパールリングおまとめでお買取りさせていただき有難うございました。
パールの歴史は、紀元前数千年前の古代エジプトや中国における天然真珠の発見から始まり、19世紀末に日本で養殖技術が確立された事で、世界中の人々へ普及する大きな転換期を迎えました。
養殖技術がなかった時代、真珠は偶然にしか手に入らない極めて希少な「天然の奇跡」であり、王族や貴族だけが身につけられる最高の権力シンボルでした。
紀元前3200年頃の古代エジプトや、紀元前2200年頃の古代中国の文献にすでに記述が残されています。
エジプトの女王クレオパトラが、自らの富を誇示するために「真珠を酢に溶かして飲んだ」という伝説は非常に有名です。
紀元前4世紀のアレクサンダー大王の東方遠征により、紅海や中東ペルシャ湾産の美しい真珠がヨーロッパへ広くもたらされるようになりました。
『魏志倭人伝』や『古事記』にも「白珠(しらたま)」として登場し、邪馬台国の卑弥呼が中国へ真珠を贈った記録が残されています。
19世紀末、乱獲により世界の天然真珠が激減する中、新政府の貿易赤字を解消すべく、日本でパールの養殖研究が本格化しました。
