福岡県北九州市小倉北区のお客様 K18などアクセサリーおまとめ 買取致しました!
当店ホームページをご覧いただき有難うございます。
貴金属店「山崎商店」(現在の田中貴金属リテイリング)の創業者・山崎亀吉氏が、東京貴金属品製造同業組合を通じて品位保証のために表記の統一を提唱しました。 これにより、日本国内で製造された信頼性の高い金製品に「K18」と刻印する文化が定着し、現在まで約100年以上にわたり日本の貴金属市場の信用を支えています。
当店もブランド品はもちろん、時計・アクセサリー・貴金属・商品券・古銭・古美術品・家電製品など多種多様にお買取りを行っておりますので、お気軽にお立ち寄りください。 スタッフ一同心より皆様のお越しをお待ちしております。
おたからや小倉中津口店斉藤です。
今回は、北九州市小倉北区のお客様より、 K18などアクセサリーおまとめでお買取りさせていただき有難うございました。
18Kの歴史は古代エジプトやメソポタミアでの金の加工技術に始まります。
純金では柔らかすぎるため、古くから強度や色合いを調整する合金(割金)が使われてきました。
日本では大正時代(1920年代)に品位証明として「K18」などの表記が統一され、現在に至っています。
金の純度を表す「K(カラット)」の基準が100%(100分率)ではなく「24」を最大値(純金=K24)とする歴史は、紀元前6000年頃のメソポタミア文明にまで遡ります。
1日を24時間とする天文学的な計算から、24という数字が神聖視されました。
イナゴ豆(カロブ)の歴史は、地中海東部で採れるイナゴ豆の種子は、どれも重さが約0.2gと均一だったため、古代の交易で天秤の「分銅(おもり)」として使われました。
当時の金貨1枚の重さがちょうどイナゴ豆24個分だったことから、金の純度を24個の割合で表す仕組みが世界共通の基準として定着しました。
人類は古代エジプトの時代から金を使ってきましたが、純金(K24)は非常に柔らかく、手で簡単に曲がってしまい、日常の宝飾品には向きませんでした。
時代が進むにつれ、純金に銀や銅などを25%混ぜることで、美しい黄金の輝きを保ちながら、傷や変形に強い「75%の金を黄金比として導き出しました。
これが日常使いに適したK18の誕生です。
日本で「K18」という表記が広く使われるようになったのは、1920年代(大正時代)のことです。
