福岡県北九州市小倉北区のお客様 Ptスクラップ おまとめ 買取致しました!
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おたからや小倉中津口店斉藤です。
今回は、北九州市小倉北区のお客様より、 Ptスクラップ おまとめでお買取りさせていただき有難うございました。
プラチナ(白金)の歴史は、約20億年前に地球へ衝突した巨大隕石によってもたらされたことから始まり、古代エジプトの宝飾品から現代の先端工業に至るまで、その極めて高い融点「約1768℃」と希少性により独自の発展をとげてきました。
紀元前700年頃の古代エジプトで、女性神官の墓から出土した「テーベの小箱」に金・銀とともにプラチナが使用されていました。
コロンブス以前の南米(エクアドル周辺)の先住民インディオは、独自の方法でプラチナを加工し、儀式用の装身具を作っていました。
16世紀、南米に侵攻したスペインの征服者たちは、融点が高すぎて溶けないこの金属を「小粒の銀(プラチナ)」と呼び、価値がわからず廃棄していました。
1735年にスペインの将校アントニオ・ウローラが本国に報告したことを機に研究が進み、1751年に新しい貴金属として認められました。
フランス国王ルイ16世が「王にのみふさわしい貴金属」と称賛し、宮廷で多くの装飾品が作られました。
19世紀後半、フランスのジュエラーであるルイ・カルティエがプラチナの繊細な加工に成功し、「ガーランド・スタイル」を確立して世界的なトレンドを作りました。
20世紀以降、非常に高い耐熱性と安定性を持つことから、自動車の排ガス浄化触媒、医療機器(ペースメーカー)、液晶ディスプレイなどの先端技術に不可欠な素材となりました。
日本におけるプラチナの歴史は、江戸末期の出会いで幕末の遣欧使節団がロシアで初めてプラチナの塊を目撃したのが最初の記録です。
1891年(明治24年)に村松万三郎が国内初のプラチナ溶解に成功し、軍需用や和装用の装飾品として広く使われるようになりました。当店もブランド品はもちろん、時計・アクセサリー・貴金属・商品券・古銭・古美術品・家電製品など多種多様にお買取りを行っておりますので、お出かけの際にはお気軽にお立ち寄りください。
店舗での買取はもちろん、出張して訪問する生前整理も行っておりますので、お気軽にお問い合わせください。
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