福岡県北九州市小倉北区のお客様 pt900/0.16リング 買取致しました!
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当時のプラチナは、約1768℃という極めて高い融点を持つため「溶けない金属」として加工が非常に困難でした。しかし、1891年(明治24年)に国内で初めてプラチナの溶解に成功したことで、軍需用や和装用(帯留めなど)の装飾品としての歴史がスタートします。
おたからや小倉中津口店の斉藤です。
今回は、北九州市小倉北区のお客様より、 pt900/0.16リングをお買取りさせていただき有難うございました。
Pt900(プラチナ900)は、純度90%のプラチナに10%の他の貴金属(パラジウムやルテニウムなど)を配合した合金であり、日本の宝飾史において独自の進化を遂げた「ジュエリー用プラチナの代名詞」です。
日本にプラチナが初めてもたらされたのは江戸時代末期とされていますが、本格的に輸入が始まったのは明治時代です。当時のプラチナは、約1768℃という極めて高い融点を持つため「溶けない金属」として加工が非常に困難でした。しかし、1891年(明治24年)に国内で初めてプラチナの溶解に成功したことで、軍需用や和装用(帯留めなど)の装飾品としての歴史がスタートします。
大正から昭和初期にかけて、日本でも西洋風のジュエリー(指輪やネックレス)の製造が本格化します。
この時代から戦後しばらくにかけて製造されたプラチナ製品には、「Pm900」や「Pm850」といった刻印(Platinumの略称としてPmが使われた)が多く用いられていました。
これが現在のPt900の原型です。
1932年(昭和7年)には、日本の造幣局によるプラチナの品位検定(ホールマーク制度)が始まり、この段階から徐々に「Pt」の表記が導入され始めました。
純度100%(Pt999)のプラチナは非常に柔らかく、そのままでは日常使いの指輪にすると簡単に変形したり、ダイヤモンドの爪が緩んでしまったりします。
プラチナの品格ある白銀の輝きを損なわず、なおかつ日本の繊細な彫金細工や、毎日の着用に耐える「最適な硬度と加工のしやすさ」を追求した結果、10%の割り金を加える「純度90%(Pt900)」が日本のジュエリー界のデファクトスタンダード(事実上の標準)となりました。
1980年代以降、ジュエリーの品位表記が国際的なルールに合わせて「Pm」から「Pt」へと完全に統一されました。
現在では、海外のハイブランドを中心に国際基準である「Pt950」を採用するケースも増えていますが、国内の老舗ブランドやブライダル専門店では、今なお「最も耐久性と加工性のバランスが良く、日本の気候や日常使いに適した素材」として、Pt900が圧倒的なシェアを誇り続けています。
当店もブランド品はもちろん、時計・アクセサリー・貴金属・商品券・切手・古銭・古美術品・家電など多種多様に買取を行っておりますので、お気軽にお立ち寄りください。
スタッフ一同皆様のご来店をお待ちしております。
